最高裁判所第三小法廷 昭和48年(行ツ)71号 判決 1976年3月23日
東京都文京区小向町一丁目一〇番一号
上告人
鈴木トメ子
右訴訟代理人弁護士
永山栞
東京都新宿区三栄町二四番地
被上告人
四谷税務署長
東条輝雄
右指定代理人
二木良夫
右当事者間の東京高等裁判所昭和四五年(行コ)第八〇号所得税課税処分取消請求事件について、同裁判所が昭和四八年四月一一日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人永山栞の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係及びその説示に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立って原判決の違法をいうものであって、採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 天野武一 裁判官 坂本吉勝 裁判官 江里口清雄 裁判官 高辻正己 裁判官 服部高顕)
(昭和四八年(行ツ)第七一号 上告人 鈴木トメ子)
上告代理人永山栞の上告理由
第一点 原判決は、判決に影響を及ぼすことが明かな法令の違背がある。すなわち、
原判決により維持された第一審判決(以下原判決という。)は「以上認定の事実関係のもとにおいては、営団が、薄外売上高月平均二八六万円(これは二八、六万円の誤りと思われる。)の算出根拠及びその全額を所得とし、また、減歩率を当初の二〇バーセントないし三〇パーセントから一挙に五二パーセントと認めたことの理由が極めて曖昧であることからみて、前記営業補償金二、〇九七万二、七〇一円の全額が営団の正規の営業損失補償基準に従って算定されたものではなく、多分に、当時営団の用地補償担当理事であった前記加藤が原告(上告人)の懇請を容れ、その要求する程度の金額を営団に支出させるため、本来営業損失補償金としては支給することのできないいわゆる自宅改造費をも含めて算定されたものと推定するに十分である。」旨、すなわち、本件営業補償金額のうちには自宅改造費が含まれていることを認定し(第一審判決一九丁裏六行目から同二〇丁五行目まで。)更に進んで「この自宅改造費なるものが、事業拡張のための費用とか専ら居住の用に供する家屋を修繕するための費用のごとや、その性質上、地下鉄工事によって原告(上告人)の蒙るべき営業上の損失に対する補償とは全く無縁のものであれば格別、少なくとも、原告(上告人)としては、営団の正規の営業損失補償基準に従った補償金額を以てしては償い得ないものと思料した、顧客の喪失という地下鉄工事により工事期間満了後も将来にわたって蒙ることあるべき営業上の損失を防止するための費用としてその支給を要請し、現にその目的のために費消したものであり、また、加藤としても、前叙のごとく、原告(上告人)の右要請を入れ、その趣旨にそわんがためにこれを支給させることとしたものである以上、なお、営業損失補償金の一部であるというのほかなく、したがって、被告(被上告人)が前記営業補償金二、〇九七万二、七〇一円全額を営業損失補償金であると認定したことを以て、敢えて違法と断ずることは許されない。」とし、本件営業補償金全額は事業所得であると判示された。(第一審判決二〇丁表五行目から同二〇丁裏七行目まで。)しかしながら、これは、上告人が本件営業補償金を得た当時施行されていた所得税法(以下法という。)九条一項四号及び法施行規則(以下規則という。)七条の一一の一項の規定の解釈を誤って適用されたものであって、これが誤りであることの理由は左のとおりである。
(一) 法九条一項四号に規定する事業所得とは、事業者が事業そのものの遂行により得た所得であって、これには、この事業所得の収入金を得るための設備ないしはこれに代る性質の資本的収入金、すなわち、事業損益に関係のない収入金は含まれない。換言すれば、事業所得の収入金を得るための設備ないしはこれに代る性質の資本的収入金は、事業所得の収入金を得る以前の収入金であって、事業の遂行により得た事業所得の収入金それ自体ではない。このことは、事業所得の性質上当然の理であるばかりでなく、法九条一項四号が設備たる事業用固定資産の譲渡による所得を事業所得から除いていること及び年中の総収入金額から必要な経費を控除した金額を事業所得と規定して、事業損益に対応しない収入金を事業所得のそれから除いていることによっても明かである。
(二) 規則七条の一一の一項は、「事業者が……当該事業の収益の補償として受ける補償金その他当該事業に関して受ける収入金の額で、当該事業の遂行に因り生ずべき法九条一項四号に規定する所得の収入金額に代る性質を有するものは、同号に規定する所得の収入金額とする。」旨規定し、名目は収益の補償金であっても、また、当該事業に関するその他の収入金であっても、法九条一項四号に規定する所得の収入金額に代る性質を有する収入金、換言すれば、事業者が事業そのものを遂行していたならばこれにより得べかりし収益を、当該事業の全部又は一部を休止したことにより喪失したこの収益に対する損失補償金(以下収益補償金という。)が事業所得の収入金となる旨定めている。このことは、右に、述べた事業所得の性質からしても、また、規則七条一一の一項の文言自体からしてもそうであるが、規則七条の一一の二項及びその三項が、事業に関する収入金でもその性質により不動産所得・山林所得・譲渡所得等になる旨及び規則九条の七の一項が、資産の移転の費用は法九条一項に規定する所得の収入金とはならない旨定めていることによっても明かである。然るに原判決は「規則七条の一一の一項の条項自体が法九条一項四号の規定の解釈規定である。」旨判示されたが(原審判決八丁表四行目。)若しそうであるとすれば、規則七条の一一の一項は前記のような文言を以て規定せず、単に「当該事業に関して受ける収入金は法九条一項四号に規定する所得の収入金額とする。」と定めた筈である。また、原判決は「自宅改造費は、将来にわたって蒙ることあるべき営業上の損失を防止するための費用であるから、それは営業損失補償金の一部であり、従って、これは事業所得の収入金である。」旨判示されたが(第一審判決二〇丁裏五行目から同六行目まで。若しそうであるとすれば、事業に関する補償金は総て営業上の損失を填補するためのものであるから例えば、旧店舗における顧客を維持し将来にわたって蒙ることあるべき営業上の損失を防止するための店舗移築の補償金も事業所得の収入金になるべきであるのに、規則九条の七の一項は「……当該個人の資産の移転等を余儀なくされるため、その費用に充てるための金額の交付を受けた場合において、その交付を受けた金額をその交付の目的に従って当該資産の移転等の費用に充てたときは、その費用に充てた当該金額は、当該個人のその交付を受けた年分の所得の計算上、法九条一項に規定する総収入金額に算入しない。」と定めているのは、すなわち、事業所得の収入金額にならないと定めているのは、営業損失補償金のすべてが事業所得の収入金にならない一例である。
(三) 収入金の性質は、その収入金を得るに至った動機ないしはその収入金の使途或は当事者の合意によって定むべきものではなく、専ら、収入金それ自体の性質によって定むべきものである。若し原判決のように、動機によって収入金の性質を判断するものとすれば、事業者が将来にわたって蒙ることあるべき営業上の損失を防止するためその所有に係る不動産を譲渡したとすればその収入金は事業所得のそれになり、かかる動機なくしてその不動産を譲渡したとすればその収入金は譲渡所得のそれになりまた、当事者の合意により収入金の性質を定め得るものとすれば自由にこれを定めることができるようになって結局法九条一項が収入金それ自体の性質によって所得の種類を定めた趣旨に反するに至る。
ところで、訴外帝都高速度交通営団(以下営団という。)がその内規により行なう営業損失補償は、原判決が認定しているとおり(第一審判決一五丁裏八行目から同一一行目まで。)当該事業者の基本額(収益額)を算定し、これを基準にして下受等による営業休止期間中の営業損失補償と営業低下に対する一定期間中の収益減の損失を補償、すなわち、減歩補償をするというものであり、本件においてはこの基本額は昭和三七年一月から同五月までにおける月平均の売上高、営業の全部休止中の営業損失補償期間は二〇日間、営業の一部休止中の収益減に対する営業損失補償期間は一九ケ月間というものであった。(成立に争いのない乙四号証の四枚目表。)従って、本件自宅改造費は、営団の正規の営業損失補償金ではなく、営団の正規の営業損失補償金に上積みされた、上告人がその事業を全部休止ないしは一部休止することなく継続していたならば得ることのできなかった、何らの対価なくして得た、上告人の将来における顧客維持のための設備に代るべき収入金(この収入金は、これを対価として建物と振替えられるものである。)すなわち、事業所得の収入金を挙げる前の資本的収入金であり、事業損益に関係のない一時的収入金であるからこれは法九条一項九号に規定する一時所得ないしはこの規定を類推適用すべき収入金であって、少なくとも、事業所得の収入金ということはできない。従って、原判決は、法九条一項四号及び規則七条の一一の一項の解釈を誤り、また、本件自宅改造費の性質を判断するにつき、その収入金を得た段階における収入金自体の性質についてではなく、将来にわたって蒙ることあるべき営業上の損失を防止するためという収入金を得るに至った動機を捕え、将来事業所得の収入金を挙げることあるべき資本的収入金を事業所得の収入金とされた誤りがある。
第二点 原判決は、判決に影響を及ぼすことが明かな審理不尽がある。すなわち、
原判決は「原告(上告人)が営業補償金として金二、〇九七万二、七〇一円の収入を得ている限り、その金額算定の適否を論ずるまでもなく、その全額が当額年度の所得として課税の対象とされることは多言を要しない。」と判示されたが(第一審判決二一丁表六行目から同九行目まで。)法九条一項四号及び規則七条の一一の一項が上告人の前記解釈どおりであるとすれば、原審において、上告人は「本件営業補償金額のうちには、事業所得の収入金のほかに本件自宅改造費その他名目のない収入金も含まれている。」と主張しているのであるから(原審における控訴第六準備書面第二の四の(二)の(3)の2、すなわち、三一頁二行目から同一一行目まで。)被上告人は営業補償金の性質を立証し、この点について審理されるべきものであるにもかかわらずこのような事実がなく、原審は「営業補償金」なる用語によってこれを事業所得と判断されたのは審理不尽の違法あるものである。
第三点 原判決は、判決に影響を及ぼすことが明かな違背がある。すなわち、
上告人が本件営業補償金を得た当時施行されていた国税通則法二四条は「税務署長は、納税申告書の提出があった場合において、その納税申告書に記載された課税標準等又は税額等の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかったとき、その他当該課税標準等又は税額等がその調査したところと異なるときは、その調査により、当該申告書に係る課税標準等又は税額等を更正する。」と規定している。
ところで、この「調査」は、当該納税申告書に係る課税標準・税額等を更正する前提要件であり、また、合理的な調査でなければならない。そうであるとすれば、上告人が昭和三九年四月二四日に提出した昭和三七年分の所得税の修正申告書(甲七号証の四)に記載された本件営業補償金について被上告人が更正処分をされるときは、上告人が有する商業帳簿その他の資料をも調査さるべきものであるにもかかわらず、原判決によって「前記補償金二、〇九七万二、七〇一円の全額が営団の正規の営業損失補償基準に従って算定されたものではない。」と認定された(第一審判決一九丁裏一〇行目から同一一行目まで。)乙四号証の記載を唯一の資料として本件更正処分をされたのは、更正処分をするときは慎重に調査をなさしめそして課税庁の恣意的な処分を防止しようとする右二四条の趣旨に反するものである。
従って、仮りに、更正処分後の調査の結果その処分が正しかったとしても、判決により信憑性を疑われるような資料に基づく更正処分は、その前提要件たる調査を欠くものとして無効である。
原判決は「成立に争いのない乙三号証と弁論の全趣旨によって認められるとおり、この金額(営業補償金二、〇九七万二、七〇一円)の決定には営団の公的な資料その他控訴人(上告人)提出の資料をも算出の根拠としているので、その調査に違法のかどはない。」と判示されたが(原判決八丁表八行目から同一一行目まで。)前記のとおり営団の公的な資料と雖も判決によってその信憑性は否認されているのみならず、本件記録上、被上告人が本件更正処分をされるについて上告人が資料を提出したことも明かでなく、従って、原判決は事実の誤認ないしは証拠に基かずして右事実を判断された違法がある。
以上